2002年05月17日

CDLの「暴言」?騒動について

まわりもようやく平静を取り戻したようなので、今回の騒動に関するじょいじょいの見解をまとめておきたいと思います。

ファンにもいろいろなタイプがあります。そして何に期待してコンサートに行くかも人それぞれです。
とにかくayuと一緒にその場を盛り上げ、燃焼し尽くしたいという者もいれば、アーティストとしてのayuの紡ぎ出す、自室のCDでは得られない臨場感溢れる感動的な歌声にじっくり浸りたいと思って来る者もいます。スタンディングでayuの動きに合わせて飛び跳ねたり腕を頭上に上げて手拍子を打ったりすることに何の抵抗もない人もいれば、照れくさくてどうしてもできない人もいます。もちろん健常者もいれば足の不自由な人もいます。そして当然のことながらそれらの間にファンとしての優劣も思いの深さも真剣さも違いはありません。生身のayuを間近で見たい、触れ合いたいという思いの強さにも違いはありません。

じょいじょいはというと、「じっくり聴きたい派」であり、「恥ずかしくてモジモジ」派です。ayuの最初の全国ツアーの際も、じょいじょいは立たないつもりで会場に向かいました。それでもayuのファンであることにおいては誰にも負けないという自負がありました。結局は、前の席の人たちが立ったことによってステージ上のayuの姿が見えなくなってしまったため、やむを得ず最初から最後まで立ち続けることになってしまったのですが。
手拍子やウエーブその他のアクションについてもやはりつきあうつもりはありませんでした。が、こちらもその意志を貫徹するだけの勇気もなかったので、結局は嫌々みんなに合わせて行動する結果となりました。(それでもトラウマダンスはさすがにできませんでした) 信じられないくらいの照れ屋なものだから、たかが手拍子やウェーブとはいえ、極度の緊張のため、ayuの歌に十分没頭することができなかったのが今でも残念でなりません。ちなみにそのときのじょいじょいの席はアリーナ席中央やや右寄りの前から9列目、比較的ayuに近い場所でした。

次のコンサートだったかその次だったか、やはり立たないで済むなら座ったままじっくりayuのパフォーマンスに見入り聴き入りたいと思いながらも、これまで同様、立ってみんなと行動をともにするはめになってしまったのですが、このとき、何とayuが今回と同様の趣旨の発言をしました。

じょいじょいはそのとき耳を疑いました。それまでじょいじょいは「ayuは物のわかったアーティストだから、じょいじょいのようなじっくりアーティストのパフォーマンスに聴き入りたいというファンの気持ち、アーティストを≪アーティスト≫として真っ正面から受け止め感動を存分に享受したいと願っているファンの真摯な気持ちを十分理解してくれるはずだし、座っていることに対して文句を言うどころかむしろ、 『座ってじっくり聴いてください』とさえ言ってくれるに違いない」とまで信じていました。そしてそういうayuの「あたたかい理解」が多勢に無勢の中の唯一の「よすが」ですらあったのです。ちょっと大袈裟ですが。

ところが残念ながらそうではなかったようです。じょいじょいはいまでもそのときのことをよく覚えています。全身にひんやりしたものが駆けめぐる感覚を。そして自分が不当におとしめられている、あるいは自分の熱い思いが全く理解されていなかったという失望感で、いたたまれない気持ちに陥ったことを。それからコンサートが終わるまで、本当に針のむしろにいるような心の状態でした。
「ああ、ayuはまだまだ≪アーティスト≫ではないんだな」 それがそのときのじょいじょいの感想です。いや、何がアーティストで何がアーティストでないという議論をここでするつもりはありません。「私」は「そう感じた」のであり、それ以上でもそれ以下でもありません。そして多分次からはコンサート会場に足を運ぶことはないだろうと思いました。そしてその通り、それ以来、じょいじょいはコンサート会場に足を運んでいません。

誰にでも「うっかり発言」というものはあります。人は神様でも仙人でもありませんから、一度の失敗でその人のすべてを断罪するのは非情すぎるといえます。そのことはじょいじょいもよく理解しているつもりです。実際、じょいじょいなども何度となく失言やうっかりミスで赤っ恥をかいてきましたし。ですからayuを嫌いになったとか、誰それに謝るべきだなどと軽々にいうつもりはありません。

しかし、逆に、その発言からその人の根底にある人間性や価値観を垣間見ることができるというのもある意味真実です。じょいじょいはそのとき、ayuの「歌うこと」に取り組む姿勢の一端が見えた思いでした。生きることの奥深いところに「歌」が突き刺さっている、そういう「歌」との接し方をしてきた人なら、たとえ「うっかり」でもあのような発言はしないのではないかと。

この際、注意したいのは、ayuが誰に向けてあの言葉を発したかということは、それほど重要なことではないということです。ayuはアリーナの最前列に招待された関係者に対して言ったのだと悔しがっているようですが、問題はそんなことではなく、いろいろな理由で腰を下ろしている人々が、ayuの発言により、気まずい思いをし、周りに攻められているようなみじめな気分を味わわされたことにあるのです。

「ライブではスタンディングが基本」などという慣習やルールがあると思っている人がいるとしたら、それは大きな誤解だと思います、じょいじょいの知る限り。思うに、ライブハウスやディスコなどで元々イス席などない場合は当然スタンディングなわけで、それらと一緒くたに考えてしまっているのではないでしょうか。
同様に「歌に合わせて必ず手拍子をする」などという慣習やルールもありません。いやむしろバラード系では手拍子は控えるべきでしょう。
私は、真の「アーティスト」として尊敬する人のコンサートでは、敬意を払って、椅子に座ってじっくりとその生演奏、生歌唱を鑑賞したいと思います。もちろん、パーッとお祭り気分でayuと盛り上がりたいという人たちを否定しようとは思いませんし、彼らのためにじっくり歌を聴けなくても、残念ではありますが、仕方がないとも思っています。しかし、座るのは怠慢だと言われたら、それは事実と正反対であるがゆえに、反発と落胆を感じずにはいられません。
ayuloveayu at 00:00 │Comments(2)TrackBack(0)ayuのピリ辛いため 

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この記事へのコメント

1. Posted by あゆ好きかも?    2007年05月31日 01:29
5 あゆも人であり一人の女性。じょいじょいさんの意見はもっともです。ライブはもちろん、他人に極度な不快や騒音を出さない限り、個人がどのように歌を聴き、すごすかは自由ですよね?まして、座っているから、あゆファンとして劣るなどありようはずがありません。アーティストじゃない云々は置いておくとして、人として、相手を思いやる心にかけていますね。あゆ側からしてみれば、スタンディングしてないと、気に入って貰えて
2. Posted by あゆ好きかも?    2007年05月31日 01:40
気に入って貰えて無いんじゃないかと、不安になったんですかね。たんに私のライブでスタンディングしにいなんて、と傲慢になってたんですかね?自分は横アリに行きましたが、良いものですよ?知ってますね…もう一度行ってみる気にはなれませんか?自分の知らないって言うか曲以外知らないんですが、時代のあゆの一部を知りました。優しい女性だと勝手に想ってたので、少し残念でした。でも、あゆファンはやめませんよ。

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